従業員のメンタルヘルスケア(精神衛生)によって心と体の健康をサポートし続けることは、事業継続の根幹を担います。
福利厚生の制度や施策は、従業員の待遇を構成するものである以上、大なり小なりメンタルヘルスケアに貢献しているものですが、中にはストレス対策につながりやすい福利厚生制度や施策があります。
メンタルヘルスケアにつながる福利厚生制度や施策にはどのようなものがあるか、福利厚生とメンタルヘルスケアの基本を把握し、見ていきましょう。
1.福利厚生とメンタルヘルスケアの基本
メンタルヘルスケアにつながる福利厚生の施策や制度について解説する前に、福利厚生とメンタルヘルスケアの基本について解説します。
企業がメンタルヘルスケアに取り組むべき法的根拠は複数ありますが、根幹にあるのは労働安全衛生法です。
第一条 この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。
引用:労働安全衛生法:第一条(目的)|e-Gov
労働安全衛生法の目的として述べられている「労働者の安全と健康の確保」にある「健康」には「身体の健康」と「精神の健康」の両方の意味を含みます。
また、労働安全衛生法の中でも、従業員の健康への対応義務については「第七章 健康の保持増進のための措置」で定められており、中にストレスチェックの義務の条項も含まれます。
その他、労働契約法や労働基準法など含め、メンタルヘルスケアに関連する法令・指針・通達などの詳細は、厚生労働省が運営するメンタルヘルスケア専用のポータルサイトの情報が参考になります。
参照:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」:メンタルヘルス(心の健康確保)対策と過重労働(過労死等予防)対策に関する法令・指針・通達等|厚生労働省
なお、従業員の心の健康を確保するメンタルヘルスケアが不十分だった場合、安全配慮義務違反として労災認定されるケースもあります。
参照:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」:労災補償 - 事例紹介|厚生労働省
メンタルヘルス不調(心の病気や、心が健康と言えない状態)における労災認定事例の共通点として、事件や事故による身体的な障がいや過重労働などの精神のバランスを崩す「きっかけ」から、外傷後ストレス障がい(PTSD)・うつ状態・死亡へ至る因果関係があるものと判断されています。
精神のバランスを崩した状態の従業員を放置しないよう、安全配慮する義務があることを覚えておきましょう。
メンタルヘルスケア対策は3つの区分で「予防」を重視
メンタルヘルスケア対策は何よりも「予防」が前提にあり、早期発見とその後の対応とあわせて3つの区分に分れます。
3つの区分 |
概要 |
一次予防【不調の未然防止】 |
従業員のストレスマネジメントとして、メンタルヘルスケアに関する教育研修・情報提供のほか、セルフケアを支援する。 職場環境等の把握と改善として、定期的な全社員対象のストレスチェックの実勢、過重労働の防止やラインごとのケア、パワハラ対策などを行う。 |
二次予防【不調の早期発見と適切な対応】 |
ストレスチェックの個々人の健康情報なども活用し、メンタルヘルス不調を抱えた従業員を早期発見する。 従業員の上司や産業医・保健師などの専門スタッフ等で連携し、従業員への相談や適切な対応を行う。 |
三次予防【職場復帰支援】 |
メンタルヘルス不調で休業した従業員に対し、外部の専門家や主治医と連携し、職場復帰支援プログラムの策定・実施を行う。 |
参照:職場におけるメンタルヘルス対策について:p.5 メンタルヘルス対策の体系とストレスチェック|厚生労働省
心の健康づくり計画を策定して「4つのケア」を行う義務あり
従業員のメンタルヘルスケアをするには「心の健康づくり計画」の策定の際に、立場ごとに分類した次の「4つのケア」を行える仕組みをつくります。
4つのケア |
概要 |
①従業員自身が行う「セルフケア」 |
全ての従業員にメンタルヘルスケアの教育や情報を提供する。 ストレスやメンタルヘルスに対する正しい理解と共に、定期的に行うストレスチェックを活用して従業員自身が内省し、ストレスに気付き、対処できるよう支援する。 |
②管理監督者が主導する「ラインによるケア」 |
事業部門や職場の単位(ライン)で行うメンタルヘルスケアを支援する。 職場環境等の把握と改善、従業員からの相談があった際の対応、従業員がメンタルヘルス不調になった場合の職場復帰について支援する。 |
③事業所で取り組む「事業内産業保健スタッフ等によるケア」 |
上2つの従業員自身の「セルフケア」と「ラインによるケア」が、十全に行われるよう、企業内のメンタルヘルスケアの中心的な役割を果たす。 産業医等との連携を含め、メンタルヘルスケアの実施に関する計画立案や個々人の従業員の健康情報の管理、従業員がメンタルヘルス不調になった場合の職場復帰について主導的な立場で支援する。 「事業場外資源によるケア」を行う場合の窓口も担う。 |
④外部の専門機関を巻き込む「事業場外資源によるケア」 |
外部の専門家の情報提供や助言を受けるサービスの活用、社内外のネットワークを構築してのメンタルヘルスケアの体制作りなど、外部を巻き込んで従業員支援を行う。 |
参照:職場における心の健康づくり:全体版PDF 4.心の健康づくり計画(p.6)~5.4つのメンタルヘルスケアの推進(p.7)|厚生労働省
なお、従業員支援プログラム(EAP:イープ:EmployeeAssistanceService)として、①~③までのケアを「内部EAP」、④のケアを「外部EAP」と呼ぶこともあります。
職場におけるメンタルヘルスケアの前提として、従業員自身や、その周囲がメンタルヘルス不調に気づく体制を作り、深刻化しないようにすることが基本です。
福利厚生の制度や施策が効果を発揮するのは①と②のケア部分と言えます(メンタルヘルスケアにつながる福利厚生制度・施策の具体例は後の項目で解説します)。
もし従業員のメンタルヘルス不調が深刻化したとしても専門家の協力のもと、安全配慮がなされた対応ができるよう、いつでも外部の専門家と巻き込める体制を作っておく必要があります。
従業員全体のメンタルヘルス不調を見逃さないよう、義務化されたストレスチェックを活用することはもちろん、成果評価に影響する懸念などから従業員本人や職場において不調を隠す文化が生まれないよう、メンタルヘルスケアの基本やストレスチェックの目的など定期的に教育することも重要です。
なお、その他にも必要なメンタルヘルス対策やガイドラインは、厚生労働省が運営するメンタルヘルスケア専用のポータルサイトで情報公開されています。
参照:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」:メンタルヘルス対策(心の健康確保対策)に関する施策の概要|厚生労働省
特に「12 支援組織」にある情報は、連携する外部の専門機関を検討する時に参考になります。
参考:メンタルヘルスケアの他社取組事例の調べ方
メンタルヘルスケア対策を検討する上で、他社がどのような対応をしているか、おさえるのも重要です。
厚生労働省が運営するメンタルヘルスケア専用のポータルサイトで、3つの予防区分や業種、従業員数、地域などで他社のメンタルヘルスケアの取組事例を絞って検索できます。
参照:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」:職場のメンタルヘルス対策の取組事例|厚生労働省
2.メンタルヘルスケアに関係する福利厚生の主な施策・制度例
厚生労働省の活動方針のひとつにあたる「健康21」でも言及されるとおり、心の健康は「生活の質」に大きく影響するものです。
(略)人生の目的や意義を見出し、主体的に人生を選択すること(人間的健康)も大切な要素であり、こころの健康は「生活の質」に大きく影響するものである。
引用:21世紀における国民健康づくり運動「健康21」休養・こころの健康|厚生労働省
つまり、従業員の待遇として生活の質を支える福利厚生の制度・施策は、どれも従業員のメンタルヘルスケアに貢献していると言えるでしょう。
特に、数ある福利厚生の中でも、メンタルヘルスケアにつながる制度・施策は次のようなものが挙げられます。
- 年に一回のストレスチェック:従業員50人以上の企業は必須
- ストレスマネジメントなどの研修や教育
- 病気休暇制度や病気休職制度、人間ドックの費用補助
- 育児や介護の両立支援を実現する各種福利厚生制度
- ストレス解消できる特別休暇やレジャーの奨励
なお、福利厚生の基本と共に、福利厚生にはどのようなものがあるか全容を知りたい方は次のコンテンツで詳しく解説しています。
福利厚生とは?定義やメリットを経営者向けにわかりやすく解説年に一回のストレスチェック:従業員50人以上の企業は必須
ストレスチェックはメンタルヘルスケアの一次予防にあたり、法定福利厚生と言えます。
「労働安全衛生法|e-Gov」の第六十六条の十(心理的な負担の程度を把握するための検査等)にもあるとおり、年に一回の全従業員へのストレスチェックは法的義務です。
従業員が 50人以上いる事業所は、2015 年 12 月から毎年1回、全従業員にストレスチェックを実施する必要があります。
参照:ストレスチェック制度導入マニュアル|厚生労働省
ストレスマネジメントなどの研修や教育
主に管理職を対象に、ストレスマネジメントなどの研修や教育が必要です。
なお、管理監督者が主導する「ラインによるケア」の実施に必要な研修や教育である場合、法定福利厚生の扱いになります。
病気休暇制度や病気休職制度、人間ドックの費用補助
業務上の心身の傷病は「労働災害(労災)」として扱われ、休暇を含めた法定福利厚生がありますが、業務外の心身の傷病については法定外福利厚生のため、企業の判断で提供することになります。
そこで、業務外の傷病をフォローできる「病気休暇」や「病気休職」の福利厚生制度、費用補助などで「人間ドック」を利用しやすくして傷病の早期発見を促す施策を導入することは、健康問題の不安を抱きにくくすることができるため、従業員のメンタルヘルスケアとして有効です。
なお、健康面の福利厚生は従業員の人気が高い傾向があります。人気のある福利厚生については次のコンテンツで詳しく解説しています。
人気の福利厚生は健康で長く働くための費用補助や休暇制度育児や介護の両立支援を実現する各種福利厚生制度
その他にも、育児や介護などで生活と仕事の両立が難しい従業員に対し、福利厚生制度や施策で両立支援を行うのは、長期的にはメンタルヘルスケアにもなります。
「フレックス勤務制度」や「短時間勤務制度」を導入して働く時間をフレキシブルに指定し、柔軟に働けるようにするのはもちろん、「在宅勤務制度」や「リモートワーク制度」などで、働く場所を自宅や本来の職場以外の拠点に指定できると、従業員の働きやすさがアップし、様々な家族の事情を抱えた従業員への両立支援になります。
ストレス解消できる特別休暇やレジャーの奨励
身体を動かすスポーツの奨励やレジャーでストレス解消を促すのも、メンタルヘルスケアになります。
日常的に身体を動かすことを推奨する「健康サポート制度」で、ジム費用の補助やスポーツクラブの奨励を行うことも有効です。
また、勤続年数の長い従業員へまとまった休養を付与する「リフレッシュ特別休暇(長期勤続休暇)制度」や、出張後に余暇を楽しむ「ブレジャー制度」、休暇先で仕事も行う「ワーケーション制度」などで、余暇を奨励するとメンタルヘルスケアの一助になります。
なお、福利厚生におけるレジャーの基本や、出張先で余暇を楽しむ「ブレシャー制度」について知りたい方は次のコンテンツで詳しく解説しています。
福利厚生のレジャーの位置付けはブレジャー制度で変わる?(執筆 株式会社SoLabo)
(監修 株式会社SoLabo 田原 広一)
生22-4184,法人開拓戦略室