記事サムネイル

改正公益通報者保護法のポイントと内部通報制度の今後

経営課題事例

2022-06-14

通報者に関する情報を漏らしたら罰金!? 改正公益通報者保護法のお悩みポイントや内部通報制度が機能する組織の特徴などを実務者視点で紹介します。

目次

2022年6月1日に施行される改正公益通報者保護法により、従業員数301人以上の事業者に対して、大きく次の2つの義務が課されます。

  • ①公益通報対応業務従事者(以下「従事者」という。)を指定する義務
  • ②内部公益通報対応体制の整備その他必要な措置をとる義務

なお、同法は従業員数300人以下の中小事業者にも「努力義務」を課していますので、意識の高い中小企業の間でも体制を整備する動きが盛んになっています。

本コラムの読者様の中には、かねてから公益通報者保護法や内部通報制度に馴染みのある方もいらっしゃれば、これまで殆ど接点や関心をお持ちでなかった方、新年度から内部通報の社内担当者に任命された方などもいらっしゃると思います。本稿は、そのような方々全員にいくつかでもご参考になる内容をお届けできればという思いのもと、長年にわたり様々な企業様の外部窓口を担っている株式会社エス・ピー・ネットワークならではの視点から、改正法のポイントと今後の内部通報制度のあり方について考察したいと思います。

1.改正公益通報者保護法の注目ポイント

2021年10月に消費者庁から公表された「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府公示第118号)の解説(以下「指針の解説」という。)」により、事業者(以下「企業」ということもある。)が整備すべき体制等についてかなり具体的な内容が示されました。この「指針」は単なる法令解釈のガイドラインではなく、改正公益通報者保護法の条文(改正法11条4項)に文言のある指針=法律の一部なので、この「指針の解説」は法令違反を犯さないためのポイントが示されているとても重要なものと言えます。すでに読まれた方も多いかと思いますが、熟読すればするほど、「具体的にどうすればいいの?」といった疑問がたくさん湧いてきたのではないでしょうか。実際に当社にもたくさんの質問が寄せられ、当社からも消費者庁や知見のある弁護士先生に質問することが多くなっていましたが、「公益通報者保護法に基づく事業者等の義務への実務対応」(中野真弁護士著)」により、かなりの疑問が整理・解消されました。

さて、ここからは、質問の多い項目をいくつか取り上げて解説させていただきます。

(1)従事者の指定について ~従事者は誰が指定するの?

指針には事業者内部(社内)の従事者を指定する場合の決まりは特にありませんが、社内規程で定めている内部通報制度の責任者を指定者とする企業が多いです。一方、事業者外部(外部窓口の委託先等)の従事者を指定するのは、通報者となる労働者を雇用している組織です。つまり、皆さまが外部に窓口を委託している場合は、皆さまの会社が外部窓口を委託している企業の担当者を従事者指定することになります。このような外部指定を行う際の方法として、「法人」を従事者指定するのはNGですが、担当部門の所属員等を包括的に指定するのはOKとされています。また、親会社が子会社(グループ会社)の通報を一元的に受けている場合には、子会社が親会社の担当者を従事者指定することになりますが、委託先における従事者の指定行為自体を委託先に委託するのは良いとされていますので、子会社からの委託があれば親会社側で従事者指定することもできます。

(2)窓口の設置について ~ハラスメント窓口は内部公益通報受付窓口にあたるの?

指針は、部門横断的に内部公益通報を受付ける可能性があれば、どんな名称であっても、会社が指定していなくても、内部公益通報受付窓口にあたるとしています。しかしながら、ハラスメント窓口、品質不正相談窓口等、一部の内部公益通報を部門横断的に受付ける窓口も内部公益通報受付窓口にあたるかについては、指針の解説でも明示されているわけではないために迷う方も多いと思います。この点について、前述の中野先生は、ハラスメント窓口の担当者を従事者として指定する等の事態が煩雑であると考える場合には、通常の内部通報窓口と統合して一本化することや、窓口担当者を教育して、内部公益通報にあたるものを受付けないという運用とすることなどを紹介されています。一方で、このような教育が本当にできるのか、また、状況によっては統合が難しいケースも少なくないことから、やはり内部公益通報受付窓口となる可能性がある以上は従事者指定を行うことが現実的だという見方も有力です。

(3)独立性の確保について ~独立ルートは必ず設ける必要があるの?

指針の解説では「組織の長その他幹部から独立した内部公益通報対応体制を構築する必要がある」とされていますので独立ルート(組織の長その他幹部から、通報対象事実の受付・調査・是正措置への影響力が及ばない状況を担保するルート)は設ける必要があるということになります。なお、組織内に複数の窓口がある場合には、少なくとも一つの窓口に独立ルートがあればよいとされている中、実効性の面からは、そのような通報が入る可能性のあるルート全てにおいて、独立性を確保する措置をとることを推奨する意見もあります。他方、複数の窓口に独立ルートを確保することは企業にとって厳しいとして、独立ルートの存在を社内で周知徹底することで調査妨害リスクを低減することを推奨する意見もあります。なお、株式会社エス・ピー・ネットワークの外部窓口をご契約いただいている120社の状況(2022/4/15現在)としては、90社(75%)には独立ルートを設けていただいています。6月の改正法の施行までにこの設置率をできるだけ100%に近づけられればと思っています。なお、昨年あたりから株式会社エス・ピー・ネットワークから独立ルートに報告を上げるケースが増えてきていますが、役員に関する通報への対応に精通している方がいる企業は多くありません。株式会社エス・ピー・ネットワークが急遽打ち合わせや調査等に参画させていただく機会が増えていますが、万一に備え、平時からいくつかのケースをシミュレーションしながら、社内外との連携体制(基本スキーム)を決めておかれることをお勧めします。

2.内部通報制度の実態

下の図は、株式会社エス・ピー・ネットワークの外部窓口にて2003年~2022年3月末までに正式に受け付けた通報の内訳です。1位、2位、8位がハラスメント系の通報であり、サービス開始以来19年間、これらの合計が55%を下ったことが一度もありません。それだけ人間関係の悩みを抱えている方が多いということです。

通報の内訳

人間関係の通報は匿名でも通報者が推測されやすく、広まった噂がほかの情報と照会されることで、通報者が特定されることも往々にしてあります。今回の法改正では、守秘義務に違反した指定従事者に刑事罰(30万円以下の罰金)が課されることになりましたが、守秘義務の期限は示されていないため「指定従事者だった者」にも刑事罰が科される可能性があることも押えておくべきポイントです。もちろん、その通報が、内部公益通報でない場合は適用対象にはなりませんが、ハラスメントも内容によっては内部公益通報にあたりますので注意が必要です。また、通報者自身があちこちで話した内容が広まったにもかかわらず、「情報を漏らされた!」として調査担当者が濡れ衣を着せられるケースも少なからず発生しています。漏らしていないことを証明するのは容易ではないですし、ひとたび訴えられれば、対応に相当な時間を費やすことになりますので、従事者となる方々にはそのような状況を未然に防止するために必要なノウハウをしっかりと身に付けていただくことが重要となります。一方で、通報者に対しても、通報内容をやたらと他言するようなことがないよう、あらかじめ釘を指しておくといったことも必要になります。なお、できるだけ通報者と面談し、本人の意向を確認しながら対応を進めることはかなりのリスクヘッジになりますのでお勧めです。その他、ヒアリング調査に協力いただく周辺関係者からも守秘義務に関する誓約書を取り付けること、また、同じようにヒアリングを受けるスタッフ間でも「何聞かれた?」、「何話した?」といった話をしないよう依頼することも、噂の拡散防止に一定の効果があると思います。

さて、ここではよく聞かれる二つの質問を紹介します。

(1)ハラスメント窓口と内部公益通報窓口は分けた方がいいのか

人事担当役員と総務担当役員、法務担当役員などがそれぞれ異なる組織ですと統合することは難しい(デメリットの方が上回る)場合もあると思いますが、持論としては、分けずに一本化することをお勧めしています。一番の理由は、窓口が分散しているとリスクの取りこぼしが発生しやすくなると考えるからです。例えば、単なる上司への不満とも思える通報の中に、実は取引先との癒着や経費の不正利用、工場の検査不正などのリスク情報が含まれていることがあります。そのような場合に、ハラスメント窓口の担当者がしっかりとした教育を受けていなければ、「実は高リスク」な情報を見落としてしまうケースは往々にして起こり得ると思っています。窓口を一元化し、しっかりと教育を受けた従事者をまとめて配置しておいた方が、間違いなくスピード感を持った適切な対応が図れると思います。

(2)匿名の通報も受付けなければならないのか

「匿名の通報は卑怯だ」、「名乗らない相手に真摯に対応する必要はない」というご意見は今でも時々ありますが、重大な不正の通報は、匿名でもたらされるケースが多いことは過去の不祥事事例が証明しています。匿名であっても、調査に必要な情報さえ提供してもらえれば、通報者が誰であるかは特に重要ではなかったりします。ただし、通報者と連絡が取れる状況にしておくことは大切です。連絡先さえもらえていれば、通報者を保護しながら適切な対応ができるケースは少なくありません。指針の解説でも、実名通報のみを受付ける制度としている場合には、制度を変更する必要があるとされていますし、改正法によって法律の性格が(労働契約法の特別法、いわゆる民事法だけではなく、行政処分や刑事罰が入った企業規制法を含む公的な法律に)変わりましたので、匿名であったとしても公益通報を受付けなければ「対応体制の整備義務違反」になります。したがって、当然のことながら匿名通報も受理義務があるということになる。ここもポイントといえます。

3.内部通報制度を機能させるために必要なこと

今回の法改正では、行政機関などに通報してよい条件も緩和されました。つまり、組織内のリスク情報が外部に発信されやすくなったということですので、早い段階で組織内部に情報提供をしてもらうべく、内部通報制度をより利用しやすい制度にしていくことが望まれます。ただし、ご存知のとおり過去から脈々と受け継がれてきた不正に内部通報制度が機能しなかった例は枚挙に暇がありません。このようなケースの共通キーワードは「黙認」「麻痺」といったところかと思いますが、本当にトップが知らなかったのか疑わしい事例もあります。株式会社エス・ピー・ネットワークはこれまでに多くの企業不祥事対応も支援しきましたが、その経験から見えたのは、外部に発信される前に自主的に公表した場合と、外部への告発によって発覚した場合ではダメージもイメージも異なるということです。言うまでもなく前者の方が被るダメージは少ないので、そのことを内部通報制度の社内周知の際にアピールすれば、声をあげようか迷っている人の背中を押すことはできるかもれません。また、「トップが隠蔽体質」=「内部通報制度の限界」と言われることもありますが、その場合でもトップにものが言える胆力と立場を有している人や組織が上手く介入すれば自浄作用は望めると思います。

以下に内部通報制度が上手く機能する企業の共通項をまとめてみました。やはり何よりも大切なのがトップの意識ですので、トップの方々には本気度を見せていただき、内部通報の好循環を目指していただければ幸甚です。

内部通報の好循環

4.今後の目指すべき内部通報制度のあり方

公益通報者保護法は施行されてからほとんど適用された事例はなく、違反者への罰則が明確でないことなども指摘される中、企業不祥事は一向になくならず、逆に適用されるべき事件で適用されなかったとの報道ばかりが目立ってかつては「ザル法」などと呼ばれることもありました。しかしながら、不利益な取扱いを受けた通報者が別の法律に基づいて保護された(解雇等が無効になった)判例は少なからずありますし、何より同法が「通報者は守られるべき存在なんだ」ということを知らしめた意味は大きいと思います。また、今回の法改正と指針の解説の公表などにより、内部通報制度本来の目的であるリスクの早期発見と不祥事の未然防止を促進させるため体制の整備が全国的に大きく前進することは間違いないと思います。なお、今後の内部通報制度のあり方を考えたとき、私が期待するのは、内部通報制度の目的を不正や法令違反の未然防止だけなく、働き方改革やSDGsの目標達成などにまで広げる視点が広まってくれることです。人間関係の通報が多いことは先に記載しましたが、そのような通報の中には、どうしても組織に上手く馴染めない方からのものも多く含まれます。人間関係の通報は多角的な調査が必要になるため、対応する側のご苦労は痛いほどわかりますが、内部公益通報にあたらないからといってそのような通報をおざなりすることは、引きこもりや自殺者の増加を助長することにもなりかねないと考えています。ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい雇用)の促進もSDGsの目標の一つです。誰一人取り残さないという視点も兼ね備えた内部通報制度の運用を目指す企業が増えてくれることを願いつつ、筆をおかせていただきます。

執筆 エス・ピー・ネットワーク総合研究部
上席研究員 久富 直子

生22-2357,法人開拓戦略室

関連記事