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“定年後を見据えた”中高年社員への新たな取組視点

経営課題事例

2025-02-03

ニッセイ基礎研究所 前田 展弘 ジェロントロジー推進室 上席研究員

目次

「中高年社員の戦力化」など、中高年社員に対してどのような対応をはかっていくことが良いのか検討を深める企業も少なくないと思われます。現在、当該層に対するモチベ―ション向上策など様々な取組みが確認されますが、定年後のキャリア形成支援を行うという視点も有効と考えます。本来、企業として社員の定年後のことまで支援する必要性はないと考えられるものの、そのことは結果として社員のwell-beingの向上、企業に対するロイヤリティの向上にもつながる可能性があり、更に「定年後の空洞化問題」という社会課題の解決にもつながる可能性があり期待されます。

2024年、国内人口の「2人に1人は50歳以上」となりました。今後も日本は少子高齢化が進み、やがて2050年頃には約4割が65歳以上の高齢者となる本格的な超高齢社会を迎えます。同時に人口減少が続き、2070年には約8,700万人に、これから約3,700万人減少していく見通しにあります*。企業にとっては、生産年齢人口、いわゆる現役層の減少に伴い、すでに顕在化している「人手不足」の問題が更に深刻化していく可能性があります。

こうした未来を展望するなか、「人的資本を如何に確保していくか」、その中で社員構成上、相対的にウエイトを増す「中高年社員」の活躍をどう導いていけば良いか、考えを巡らせている企業関係者(人事関係者)は少なくないと想像します。本稿では、中高年社員に対する対応動向の現状を確認した上で、社会課題解決の視点を加味した新たな取組視点について提案します。

※本稿で記載する中高年社員は、50歳以上の社員を念頭に置いています。

*国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(令和5年推計)、出生中位・死亡中位推計値より。

1.日本の労働市場の変化~「中高年社員」への対応動向

中高年社員への対応を考えるにあたり、まず労働市場全体の動向がどうなっているか確認しておきましょう。図表1は、社会、企業、個人及び市場の視点から今後の変化や現状の課題を書き出し、その関連性を示したものになります。人口減少、少子高齢化をはじめとする人口構造の変化を受けて、前述のとおり、企業は人的資本の確保・活性化が大きな経営課題となっています。加えて、日本型雇用慣行の見直し(ジョブ型への移行等)やDX化等の就業環境の整備といった課題への対応等も求められています。一人ひとりの個人(社員)の視点に立てば、定年後の人生をどう最期まで生き抜いていけるか、まさに人生100年時代に相応しいライフデザインが求められ、そのために必要なキャリア自律が要請されている現状が確認されます。

図表1:日本の労働市場の変化と課題

日本の労働市場の変化と課題

資料:筆者作成

この中で企業における中高年社員への対応に関しては、「中高年社員の戦力化」、「70歳までの就業確保措置(努力義務)」(2021年4月施行)への対応が主なことと思われます。「戦力化」という表現は該当する社員からすれば否定的に映ってしまいますが、経営側(企業人事部)からすると、当該層の仕事に対するモチベーションの低下が少なからず課題視される現状が見られます。もちろん個人差がある前提の話になりますが、低下してしまう場合の要因は様々なことが複合的にあると推察されます。役職定年、自分が希望しない出向や配置転換等は客観的な要因として挙げられるでしょう。また、50代にもなると自分の社内における将来の立ち位置がある程度見通せるようになるなか、キャリアアップの限界を感じてしまうこともその要因として考えられます。更に、多くの企業で適用される再雇用・継続雇用制度も、働きぶりが適正に評価されず戦力として期待されない、いわゆる「福祉的雇用」として、これもモチベーション低下の要因に挙げられるでしょう。

こうした課題(現状)に対して企業はどのような対応を行ってきているのか。メディア等の情報(事例)からその動向を確認すると、大きくは次の3つの対応に整理することができます。一つは、「制度・運用面」での対応です。社内で“長く”活躍してもらうための対応と当該層の役割を明確化にし、適正な処遇・報酬の実現をはかる対応が見られます。二つは、「活躍機会の創出」です。本人の意思と特性を踏まえて社内・社外を含めた職務・ポストの開発と機会の提供の取組みが見られます。三つは、「キャリア形成・能力開発面での取組み」です。自律的なキャリア形成に向けて、リスキリング機会の提供などが確認されます。具体的には図表2にあるような取組み(事例)が挙げられます。この中には「70歳までの就業確保措置(努力義務)」への対応も含まれています。

図表2:中高年社員に対する企業の取組動向(事例等)

(1)制度・運用面での対応

■社内で“長く”活躍してもらうために

  • ➢ 再雇用年齢の上限引上げ、定年撤廃
  • ➢ 正社員としての定年延長(継続雇用制度・契約社員→シニア正社員)
  • ➢ 柔軟な勤務日数・時間の設定(短日短時間勤務制度、週休3日制度等)
  • ➢ 定年制度の廃止 等

■役割の明確化と適正な処遇・報酬の実現に向けて

  • ➢ 年齢によらないメリハリある処遇制度、エイジレスな能力・実績主義の導入
  • ➢ 仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度への移行、給与水準の改善
  • ➢ シニア社員を含む「働いている社員全員」を対象に人事評価を実施
  • ➢ ジョブ型職務等級制度への移行
  • ➢ 役職定年の廃止・撤廃、役職任期制の導入
  • ➢ コース別人事制度の創設(シニアの業務領域を再整理)
  • ➢ スペシャリスト型(専門人材として活躍)、②ワーク・シェアリング型(既存業務を分割・切り出した職域で活躍)、③サポート型(定型的なサポート業務で活躍)、④特別業務型(事業活動で生じる個別の特定業務で活躍)、⑤メンタリング・コーチ型(メンバー育成、マネジメント補佐業務等で活躍)
  • ➢ 上司のマネジメント力向上支援 等

(2)活躍機会の創出

■社内・社外を含めた職務・ポスト開発に向けて

  • ➢ 社内公募制度、社内転職制度、社内FA(フリーエージェント)制度の導入
  • ➢ 在籍型出向、社外転身制度、転籍支援制度、他企業への再就職支援制度の導入
  • ➢ 社外派遣、派遣希望者登録及び派遣先企業(グループ会社)とのマッチング
  • ➢ 社内での越境体験(普段とは異なる環境や状況に身を置き、新しい経験を得ること)、社外でのインターンシップの推奨
  • ➢ 業務委託方式(制度)の導入
  • ➢ 副業の解禁、パラレルキャリアの推進
  • ➢ フリーランスとして就労するための支援
  • ➢ 起業支援、出向企業(退職せずに出向の形で新会社を立ち上げ)
  • ➢ NPO活動などを行う上での支援 等

(3)キャリア形成・能力開発面での取組み

■自律的なキャリア形成に向けて、リスキリング機会の提供

  • ➢ キャリア自律研修、キャリアプラン研修、キャリアデザインセミナー、学び直し支援、リスキリング研修、スキルアップ研修、階層別研修、eラーニング研修・講座、越境体験型研修
  • ➢ 集合形式研修のみならず1対1での綿密なキャリア面談の実施、キャリアカウンセリングの実施、キャリア開発室(専門部署)の設置、セルフ・キャリアドックの実施
  • ➢ 中高年社員のエンゲージメントを高める方策として「ジョブ・クラフティング※」の考え方を導入
    ※ジョブ・クラフティング:組織や上司から与えられた職務をただ行うのではなく、社員自身が自分にとって意義のあるやり方で。職務を再定義・再創造するプロセスのこと 等

資料:定年後研究所 調査結果報告書「70歳現役時代に向けた企業と個人の確かな足音」(2021年10月)、パーソル総合研究所(小林祐児氏作成)作成資料「シニア人材の居場所をつくるには」(2022年1月)、パソナマスターズ作成資料「企業におけるシニア活躍の現状とその意義」(2024年10月)、その他メディア情報から作成

2.社会課題の解決の視点からのアプローチの検討

実に、様々な取組みが行われてきています。それぞれ中高年社員が活き活きと活躍していくための支援として評価されることです。今後もこうした取組みが更に深化・拡充されていくことが望まれるところですが、その際に加えていただきたいことがあります。それは「社会課題の解決」に通じる取組み(視点)の導入です。

日本の労働者の約9割は、会社や団体等に雇われている「雇用者」です。その多くはいずれ「定年」を迎えることになります。70歳までの就業機会確保措置(努力義務)が企業に要請されていますが、該当する措置を実施している企業は約3割です(図表3参照)。そのうちの約8割(29.7%の中の23.5%)は70歳までの継続雇用制度の導入ですが、希望する全員に適用されるとは限らないため、実際のところ、65歳で定年を迎える人がほとんどであるのが現状と推察されます。60代後半の人をはじめまだまだ社会で活躍できる人が非常に多く、まだ引続き社会での活躍を望む人も多いのが実情ですが、定年後に新たな活躍の場を見出せる人は残念ながら非常に少ないのが現状です。「定年後の空洞化問題」(図表4)と称されるこの社会課題はなかなか解消することができません。貴重な人財(労働力)を社会で活かせないことは、日本の経済にとっても大きな損失をもたらしていると言えることです。

このことについて企業の視点と社会の視点から整理したのが図表5になります。企業にとっては、あくまで現役の社員としている間(在籍中)、戦力として活躍してもらうために支援を行うことは必要であり意義のあることです。定年後のことまで何か支援する義務は本来的にはないかもしれません。他方、社会の課題は、まだまだ活躍できる人(シニア)を活かすことができないということですが、このことは個人の課題にもなります。人生100年時代とも称される長寿の時代を歩んでいる私たち一人ひとりの個人(社員)にとっては、例えば65歳で定年を迎えても30-40年にも及ぶ可能性のある人生が残されています。長生きリスク(資産の枯渇化等)を含め、定年後の生活に対する不安は尽きないところです。特に高齢期を直前に迎える50~60代の中高年社員はまさにその不安を高めていきます。だからと言って、企業として、定年制を廃止・撤廃する、あるいは定年の引上げをはかるという選択は、容易なことではないのも現実かと思われます。

図表3:定年制の設置状況と70歳までの就業機会確保措置への対応状況

定年制の設置状況と70歳までの就業機会確保措置への対応状況

資料:筆者作成

図表4:定年後の空洞化問題のイメージ

定年後の空洞化問題のイメージ

資料:筆者作成

図表5:高齢期の就労に関する企業と社会の関心・課題

高齢期の就労に関する企業と社会の関心・課題

資料:筆者作成

3.“定年後を見据えた”中高年社員への取組視点

では、企業として何ができるかということですが、1つの視点として「定年後キャリア形成重点型研修」の実施を提案したいと思います。特に“地域”で活躍することに重点を置いた内容です。「地域人財養成研修」と言っても良いかもしれません。この提案に至る背景にあることから説明します。

それは、まず個人のニーズです。定年を迎えた元会社員、元公務員等のごく一般的なシニアの現状を概観しますと、次のような特徴が見られます。「定年まで勤め上げたのだからしばらくはゆっくりしたい。しかし、それを望む期間は意外と長くはない。自由な時間は豊富にあり、まだ体力的にも活躍できるし、社会とつながりながら何かはしたい。できれば自宅のある地域の中で、活躍の場、自分の居場所を見出したい。年金だけでは不安もあり、月5-10万円程度でも稼げると良い。ただ、現役当初と同じようなフルタイムではなく、無理なくマイペースで働きたい。労働集約的な単純労働よりも、人や社会から感謝される、自分が役に立っていると実感できるような仕事が望ましい。働くことは健康面でも良いこともわかっている」といったことが代表的な声です。つまり、地域の中で健康や生きがいを重視しながら、活躍できることが大きなニーズとして確認されます。これらを踏まえて人生100年時代に相応しい理想の活躍の仕方モデルを描きますと図表6のようなイメージになります。65歳までは生計のために働いて(生計就労)、それ以降は地域の中で健康や生きがいを重視しながら活躍する(生きがい就労)というモデルです。

なお、“地域”ということを強調していますが、これは前述した個人のニーズに加えて、地域を支える人材(地域人財)が減少傾向にあり、地域によっては枯渇化する懸念が高まっていることもあります。「人的資本の確保」という課題は地域も同じで、むしろ企業よりも深刻かもしれません。

図表6:人生100年時代に相応しい理想の活躍の仕方モデルとその効果

人生100年時代に相応しい理想の活躍の仕方モデルとその効果

資料:筆者作成

では具体的にどのような研修を行えば良いか、ということですが、“地域で活躍する(地域を支える)”ための選択肢を示し(パターンを含む)、その選択肢の実際の説明から、その人財になるための情報提供や指導等を行うというイメージになります。現役当初は、自分の住んでいる地域にどのような資源やどのような活動が行われているか、詳しく知らない人は少なくないと想像します。子育てや学校教育、高齢者福祉からまちづくり関連など、地域が必要とする活動は様々あります。こうした公共性の高い仕事(活動)を望むシニアは非常に多いことも様々な調査からもわかっています。定年後は地域の中で、例えば、生活支援コーディネーターとして活躍する、小学校のスクールサポーターとして活躍するなど、今までとは違う分野で活躍することは新しい自分の発見にもなることです。図表7に選択肢の一例を示していますが、“定年後は地域の中で新たな自分となって活躍する”、そのことを後押しするような研修は、中高年社員にとっても魅力的なものになるのではないかと考えます。このように企業が社員の“定年後”のことまでも視野に入れて支援する取組みは社員のWell-beingの向上や企業に対するロイヤリティ(忠誠心)を高めることにつながる、引いては、日々の仕事に対するモチベーションの向上にもなり、戦力化につながっていくのではないかと考える次第です。

以上、雑駁な提案にはなりますが、中高年社員への一つの新たな取組視点として検討いただき、そして導入されていく企業が増えていくことを大いに期待します。

図表7:地域で活躍する選択肢(例)

地域で活躍する選択肢(例)

資料:筆者作成

執筆 ニッセイ基礎研究所 前田展弘 ジェロントロジー推進室 上席研究員

生24-6313,法人開拓戦略室

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