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グリーンウォッシュを乗り越える~ESGを短期のブームにしないために~

財務担当者向け情報

2022-08-15

ニッセイ基礎研究所 德島 勝幸 金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

目次

1 ESGに対する批判は不可避だが

近年の世界的なESGの盛り上がりについては、必ずしも手放しで喜んで良いものだけとは思えない。特に、ESGやSDGsに対して唱えられる様々な批判に対しては、本能的な反発や的外れなものも少なくないが、一部には耳を傾ける必要があるものと考えられる。そのためには、ESGの根本にある本質をきちんと理解しておく必要がある。ESGやSDGsに関する自分のスタンスが揺らぎ、単に、他の企業が取り組んでいるから、他の投資家が主張しているから、といった横並びの薄弱な根拠で取り組むのであれば、ESGやSDGsに関する批判に対して及び腰にならざるを得ない。

既に理解されているものとは思うが、ESGやSDGsは私たちが生活している地球や社会のために取り組んでいるものであり、中長期的には、ESGやSDGsに取り組むことが企業の持続可能性を高めるとともに、投資家には収益をもたらすものであるというものである。ESG投資で市場インデックスに対する超過収益を得られるかどうかについては、引続き議論の余地はあるが、少なくとも市場インデックスと同等のパフォーマンスを得られるのであれば否定する必要はないし、中長期の観点であれば、超過収益をもたらす蓋然性が高いと考えることが、ESG投資の根本であろう。

環境を悪化させても収益拡大を目指そうとする行為は、端的な例では公害の発生によって、否定されている。投資においても、戦争行為のみで利益を得られるような「死の商人」に対して投資することは、例えそれが収益の拡大をもたらし、市場インデックスを上回る収益率を得られるとしても、投資家が行ってはならないと考えるのが良識ある多くの投資家の姿勢なのではないだろうか。儲けのためなら、何をしても良いという考えは、現代の資本主義にはそぐわない。

一方で、これらの基準となる考え方は、時代によって変遷する。現在のヨーロッパにおいては、まさに原子力エネルギーをグリーンなものと認定するかどうかの議論がある。かつては、原発事故や放射性廃棄物の処理問題などから原子力発電を停止する動きもあったが、一方で、ウクライナ戦争の長期化によって、ロシアからの原油やLNG輸入が停止され価格上昇や調達困難が顕著になると、当面は原子力エネルギーをグリーンとして認める方向に転じている。かつてチェルノブイリ原子力発電所(ウクライナ語の発音では、チョルノービリと表記した方が近い)の事故によって被害を受けた欧州東部では、原子力エネルギーの利用に対する抵抗感がない訳ではない。しかし、ロシア産の化石燃料への高い依存度を見直すためには、原子力エネルギーの再利用も視野に入れざるを得なくなったのである。

このように、何がESGやSDGsの観点に適うものかどうかは、人々の意識や環境、状況などによって容易に変化するのであって、決して長期に固定されたものではない。日本においても、原子力発電所の再開や新設に対しては、東日本大震災による福島第一原発事故を経験したこともあって、躊躇する意見は引続き強い。一方で、化石エネルギー価格の高騰に加えて、太陽光や風力といった再生可能エネルギーからの電力供給が必ずしも安定しないことを考えると、極論すれば、電気も車も使わない生活に耐えられるかといった命題に行き着く。しかし、ESGやSDGsは決して人類を近世以前の生活に戻そうという極端な主張ではない。

2 グリーンウォッシュを乗り越える

ESGに対する批判の一つとして、「グリーンウォッシュ」というものがある。環境省がグリーンボンドガイドラインを策定した際には、グリーンボンドに該当しない債券として、“実際は環境改善効果がない、または、調達資金が適正に環境事業に充当されていないにもかかわらず、グリーンボンドと称する債券”と説明している。また、金融庁のサステナブルファイナンス有識者会議報告においては、金融商品を念頭に、“環境改善効果が伴わないにもかかわらず、あたかも環境に配慮しているかのように見せかけること”と指摘されている。こうしたものが「グリーンウォッシュ」に該当する。

投資信託の販売状況を見ると、一種のテーマ型ファンドとして、“ESGファンド”が設定されて、資金を集めていたりもする。様々な金融商品を通じて、投資家がESGやSDGsに対する意識を高めること自体は否定されないが、結局のところ、一時的なブームに乗って資金を集め、暫くすると解約が殺到して残高が縮小するのであれば、単なるテーマ型ファンドのパターンの域から出るものではない。

また、企業の余資運用においてESGファンドを購入することでESG経営に取り組んでいる姿勢を示す例があるようにも仄聞するが、投資を本業とする機関投資家とは異なり、一般的な企業は本業においてESG経営を志向するべきであって、本業での取り組みを疎かにする中で、ESGファンドを購入しても、それは必ずしもESG経営ではないだろう。もちろん、ESGファンドを購入するということは、ESGへの意識から目を背けるのではなく、多少なりともESGにコミットしているのではある。しかし、ESG経営が企業全体で意識して取り組まれようとするものであるのに対し、ESGファンドの購入は財務や経理セクションだけの取り組みに留まりかねない。運用会社も、事業会社がESGファンドを購入する際には、十分にESG経営の本来の意義を説いてほしいものである。

「グリーンウォッシュ」といったESGやSDGsを悪用するような動きが少なからず見られる背景には、企業側も投資家側も、ESGやSDGsにおける本質的な意義や課題を十分に理解せず、表面的に取り組んでいることがあるように考えられる。ESGやSDGsを意識して中長期的に取り組むことは、単に企業収益の拡大のみを目指すものでないのであり、それが経済や社会においての存在意義を高めることにも繋がるのではなかろうか。社会全体がESGやSDGsへの取り組みを求めるのであれば、それらに背を向けることは、企業も機関投資家も適切な対応ではないだろう。

3 名ばかりのESGを排する

ESGやSDGsの本質は、単に利己的な動きに留まることなく、社会や地球全体といった大きな視点で取り組むことで、社会や地球全体を良くしたいという善なる発想にあるが、グリーンウォッシュはそれを逆手にとって、善ならぬ利を得ようとするものである。グリーンボンドなどのラベルを取得した債券であれば、投資家が積極的に購入してくれるから、グリーンなどの取り組みの実態を伴わないものに、グリーンボンドのラベルを得る行為は、断固として排除されなければならない。日本の投資家を見ると、ラベルが付されていることに依拠して投資意思の表明をすることに積極的になっているように思える。重要なのはあくまでも投資することによって得られる効果であり、仮にグリーンボンドであっても、発行体の信用力や認定されているグリーンボンドの仕組みが十分でない場合には、投資を見送ることが必要である。投資の本来の意味を忘れて、〇〇ボンドに飛びつくのは、適切な投資家の行為ではないだろう。

グリーンウォッシュを排除するために、ガイドラインを設定するなど各省庁も取り組んでいるが、同時に必要なのは市場参加者の意識と目である。オピニオンを発表している認定機関が適切な判断を下しているか、利益相反の状況にはないかといった視点は重要である。また、債券の発行以降の発行体による十分な情報開示がされているかどうかも重要である。社債の投資家は、格付けの変化などを受動的に確認するだけに留まっていることも少なくないが、グリーンボンドなどのラベルボンドに投資するということは、自らが適正性の継続的な確認を行うという責務をも負っていると考える必要があるだろう。

一方で、名ばかりのESGやSDGsを唱え、一般論の上だけで社会や地球の改善だけを主張するのであれば、それは良識ある営利企業の行うべき行為ではない。政府系機関やNPO、宗教、意識高い系の個人に任せればよい。企業も機関投資家も、あくまでも収益獲得を最大の目的とする法人なのであるから、ESGやSDGsといったものを唯一の目的にすることは好ましくない。あくまでも並立的な課題への取り組みであって、それのみを目的化してはならないだろう。

近年は、社会的な閉塞感をもつ若年層がESGやSDGsを強く意識しているとされるが、こういった傾向もメディアなどによって誘導された結果ではないのか。“何か良いことに取り組んでいる”といった意識高い系のマウント意識が根底にあるようにすら思える。ESGやSDGsに関心を持つことは良いことなのであるが、本質を理解せずに、TV番組で取り上げられているから、学校で教わったから、とかいった表層的な取り組みに留まるのであれば、熱し易く冷め易い活動になりかねない。具体的に何のためにESGやSDGsに取り組むか、そして、それが自分たちにとって、実際、どういう意味を持っているかを、きちんと理解して取り組んでほしい。

若者だけに限られない。ESG投資に取り組むこと自体が尊いのではなく、企業のESG経営についても、必ずしもESG経営のみを行っていれば良いというものではない。ESG経営やESG投資を踏まえても、主となる目的としては中長期的に、かつ、継続的に「利潤を獲得する行動」に務めることが、資本主義の根幹であり、それを忘れてはならないだろう。

以上

(執筆 德島 勝幸(とくしま かつゆき) 金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長)

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