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ESG投資の意義-何のためにESGを意識するのか

財務担当者向け情報

2021-05-11

ニッセイ基礎研究所 德島 勝幸 金融研究部 取締役 研究理事

目次

1.はじめに

近年の日本におけるESG投資を推進する流れは、GPIF(年金資金運用管理積立行政法人)の積極的な取組みに加えて、金融庁や東京証券取引所が二つのコード(スチュワードシップ及びコーポレートガバナンス)を提唱したことで、一気に拡大している。決して、その流れに逆らう必要はないものの、個々の企業・団体では、何時どのように、その流れに乗るかを考える必要があるだろう。また、周囲がどのように動いているかにも眼を配る必要がある。運用を委託されるアセットマネジャーは一気にESG投資へ積極的な姿勢を示し、好適なアセットオーナーの多くはGPIFに倣った取組みを積極化している。一方、アセットオーナーでも、企業年金の多くはESG投資の意義を認識しはじめているが、一部を除いて顕著な動きは見られないようである。周囲の様子を見ながら進めようとする一般的な多くの企業や団体は、当初、少しずつESG投資の取組みを続けることだろう。

果たしてESG投資が、すべての企業や団体にとって同じように求められるものかを考えておきたい。アセットオーナーの資金特性によって、ESG投資への積極性に差が生じることもあるのではないか。また、ESG投資においてE・S・Gの3要素のどれに力点を置くかで、異なる答えが生じるかもしれない。現在のESG投資を推進する強い流れの中でも、時に、立ち止まって、その意義を考えることが必要なのではないか。ESG投資が今後もますます重要視されると確信すればこそ、折に触れて、その意義を考えておきたい。

2.ESG投資と年金運用

年金運用の存在意義は、必ずしもベンチマークに対する超過収益を狙うことではなく、設定した必要利回りを中長期的に安定して稼ぐことにある。アセットオーナーは、加入者から委託された運用の実現を求められており、アセットオーナーから受託したアセットマネジャーは、指示された方針に基づいて運用し、利回りを獲得する。結果として、制度設計において定められた運用内容を実現することが、アセットオーナー及びアセットマネジャーの負う義務であり、その際に遵守すべきものをフィデューシャリーデューティーと呼ぶことが出来る。

海外においては、ESG投資が超過収益の源泉になるという分析結果も見られるが、日本の株式投資においては、なかなか強固な効果は確認されていない。その他の資産クラスについても超過収益を得ることができるという分析も見られるが、やや検証不足な感じがする。一方で、よりサステナビリティを重視する観点からは、ESG要素を意識することで、投資先に対する長期的な存続可能性を担保することが出来ると考える。年金運用が長期資金であるという本来の特性に立脚するならば、ESG投資は長期性の観点からも年金運用に適合した概念である。短期的な運用パフォーマンスのみを考える運用においては、時にESG投資は収益獲得と矛盾する行動になる局面がある。日本の年金が資金特性から長期投資であると言われながら、短期的なベンチマークに対する勝ち負けを強く意識することで、実質的には1年や3年といった短中期視点の投資家になっている悪弊から逃れるためにも、ESG投資は重要かつ必要な考え方とも考えられる。

年金運用者は、アセットオーナーもアセットマネジャーも、受益者に対するフィデューシャリーデューティーを負っていると考えられる。投資の際に意識されるべきものは、受益者に対する年金給付の確実性とそれを可能にする収益の獲得である。ESG要素が中長期的な投資のサステナビリティを担保するものならば、年金運用において意識されるべきである。しかし、収益性を犠牲にしてまでも、ESG要素を追求するべきものだろうか。ESG投資は中長期のタイムホライズンを意識するものである。短期的な観点と中長期的な観点とでは、時に相反する行動を誘引することもある。年金がESG投資を推進する場合には、世間の流れに乗るのではなく、自らのESG投資に関する中長期的な方針を確立し、それに合致した行動を採ることが望ましい。そうしなければ、ESG投資に際しての判断が一貫性を欠き、迷走することになりかねない。

ESG投資の考え方は必ずしも新しいものではない。金儲けのためなら何に投資しても良いのかという良心なり理性が根底にあり、例を挙げるならば、武器を扱う「死の商人」に投資して儲けることを是とするかどうかである。既にこの時点でも明らかになっているように、“収益の最大化のみが適切な投資行動ではない”という命題が年金運用に内在する。日本においては、儲けのためなら何をしても良いという考え方は一般的でないし、欧州においてもノブレス・オブリージュとする規範意識が存在して来たのである。

3.多様なESG投資への取組み

ESG投資とは、様々な側面を持つ概念である。基本的には、E(Environment)、S(Social)、G(Governance)に配慮した投資という考え方であるが、それは、時に、行動規範的なものであるし、時には、超過収益の源泉となるのかもしれない。ESGの3要素は決して等価でないと思われるが、逆に、どれか1つを強調し過ぎることも適切でないと考えられる。これも要素を3つとしたことの効用かもしれない。2つなら片方に引っ張られる可能性があるのに、三方向だとある程度意外にバランスする。各々の要素を意識することが重要である。重視する方向は、時代やエンティティーによって様々なものとなることだろう。

近年では、ESG投資を意識されるのは、株式から他の資産領域へも拡大する方向にある。確かに、インフラ投資などエクイティ性を有する資産の投資においては、株式投資と同様にESG要素を考えることが馴染む。また、債券の領域にもESG投資が拡大されつつある。投資の収益性が損なわれなければ、債券投資においてESG要素を考慮することについて誰も反対しない。しかし、ESG投資を意識しているからと言って、割高な水準でESG関連の債券を購入することは、必ずしもフィデューシャリーデューティーとは合致しない。最近の日本における債券の発行市場を見ると、様々な名目で「ソーシャルボンド」や「グリーンボンド」といった債券が募集されている。しかし、元々フィックストインカムである債券を、グリーンボンドだからと言って、割高な水準で購入するべきでない。そもそも「お金に色はない」のだから、グリーンボンド等で調達した資金が、その名目とされる使途にのみ充当されるということはフィクションに過ぎない。現状で多発されているグリーンボンド等SDGs債は、発行体の資金調達の企図と、証券会社の販売推進の姿勢、更に、ESG投資を追求する投資家の「三方一両得」の合意の上にある。人は、それを「ウィンウィン」の関係と呼ぶし、決してネガティブに評価する必要はないが、ESG投資の意義をしっかりと抑えておきたい。

4.ESG投資への真摯な取組を

現状でのESG投資への取組みで注意する必要があるかもしれないのが、「言ったもの勝ち」の行動である。化石燃料を使わないことで、原子力発電は環境に優しいと言われなかったか。石炭火力発電が煤塵等を大量に発生することが不適切だとして、石油や天然ガスを燃料とする火力発電は無条件に肯定されるのか。クラスター爆弾は条約で禁止される非人道的兵器であり、その製造企業への投資がESG判断に適わないとするならば、ミサイルや戦車、艦艇、戦闘機等を少しでも製造している企業への投資はESG判断に適うのか。燃料電池車やPHV車を開発・販売しているからと言って、ガソリン自動車の売上が過半を占める自動車メーカーへの投資は、ESG判断に適うのだろうか。更には、企業統治に問題があるとされる企業の年金や、ガバナンス体制に問題のあると考えられるアセットオーナーが、投資先に対してガバナンスを求めることは矛盾した行動ではないだろうか。

ESG投資の流れが強くなるにつれて単なる一時的な流行となり、時に、「マスク警察」のような魔女狩りにも比すべき排除のための行動になってはならない。特に、ネガティブリストに基づくダイベストメントのみを強調するのは危険であり、同様に企業の一部分のみを捉えて肯定的にインベストメントを強調することにも危険性があるだろう。ある程度までは、常識として判断すべきこともあるし、一部のみならず企業全体を見ることも必要で、更には、所属する企業集団全体として考えることも必要だろう。

結局のところ、ESG投資は投資家にとって、中長期的な投資の本質そのものに根差すものとも考えられ、投資に関する根本的な姿勢を強く示すものである。周囲に流されず、一時の流行と考えることなく、フィデューシャリーデューティーを遂行するという観点から、改めてESG投資への取組みを真剣に見直してはいかがだろうか。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

以上

(執筆 德島 勝幸 (とくしま かつゆき) 金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長)

2021-541G

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